DON'CRY(ドンクライ)

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クラウドファンディングで1000万!? アニメ演出家、金子祥之氏インタビュー

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アニメ、マンガ、ゲーム…。
僕らが愛するこのカルチャーの裏には、作り手たちの熱い想いがある。
でも、それだけじゃない!
そのさらに裏には、普段はあまり知られることのない、人生というドラマがあった…!

今回は、アニメ「リトルウィッチ・アカデミア」「D-Gray.man HALLOW」「ID-0」「タイムトラベル少女」「ドラえもん」などで演出を行い、自身でもクラウドファンディングでオリジナルアニメ制作に挑戦するアニメ演出家、金子祥之(かねこよしゆき)さんのもとに伺った。

お聞きしたのは、アニメをお仕事に選んだときの葛藤に始まり、オリジナルアニメ制作の挫折経験、そしてその復活まで。強い意志を持って創作に打ち込んできたクリエーターだからこそ語れる、心に火がつく人生のお話をお届けします!

 

有名進学校から「アニメ演出家」へ! 

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——本日は、ぜひ金子さんにご自身の人生を語っていただきたく! なにとぞ、よろしくお願いします。

よろしくお願いします!

——早速ですが、金子さんはどのような環境で育たれたのでしょうか?

そうですね、家庭で言えば営業マンの父・専業主婦の母・姉の4人暮らしで、そんなに変わった家庭というわけではなく…
でも、姉弟ともに小学校・中学校受験をさせてもらっているので、両親は頑張ってくれたんだと思います。

——ありがとうございます。学校はどちらの方に?

逗子開成という神奈川の中高一貫校にいましたね。

——ず、逗子開成!? 偏差値70近い超進学校ですよね!? 毎年旧帝大にもバンバン合格出してるような…

といっても、その当時はそんなにすごくはなかったと思いますけど(笑)

——なんとなくですけど、その高校出身と聞くと、官僚になったり、大企業に就職したりするような人が多いイメージです。「アニメ演出家」というと、かなり少数派な気が…。
昔からこういったお仕事をしたいと思ってらっしゃったんですか?

ええ。絵を描くのが好きだったので、マンガとかアニメとかゲームに作り手として関わりたいと思っていました。

——では、そのことはご両親にも話されていたのですか?

いえ、黙っていました。
とくに父には言えなかったんですよね。

 

アニメは恥ずかしいものだった? オタクを隠して、優等生として生きる呪縛

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——今と比べて10数年前の当時は「アニメは恥ずかしいもの」という認識があったとよく耳にしますが、もしかしてそのような風潮もあって、お父様に言い出しづらかったのですか?

いや、父にマンガやアニメに理解を示してもらえなかったことや、否定されたことは一度もなかったですね。ただ父の場合は、アニメを仕事として食べていけるのはほんの一握りの天才か奇人で、人生で博打をやっているものだと思っていたという感じです。
そんな父に、「絵を描いて暮らしていきたい」なんていう夢をぶつけて、現実的でないと真っ向から否定されるのが怖くて話せなかったんですよ。

——たしかに…。好きな気持ちはあっても、それが仕事で通用するものなのかどうか、確証は持てないですもんね。

まぁでも、うちの家庭はアニメへの理解があっただけ恵まれていたと思いますよ。
10数年前とかは、「いい歳していつまでもアニメが好きなんて子どもっぽい、気持ち悪い」という風潮が、やはりごく一般的だったんですから。

——それはキツイですね・・・。今でこそ、クールジャパンの追い風があったり、芸能人がエヴァ好きを公言したり、紅白でアニメコーナーがあったりと、かなりアニメの地位は向上しましたけど、金子さんの時代のアニメ好きはかなり肩身が狭そうです……。学校ではどうでしたか?

やっぱり、「絵を描くことが好き」とか「アニメが好き」とかは、友人にも一度も言えませんでしたね。

——自分が一番大切にしているものはずっと隠されてきたんですね……。
ちなみに、中高がそれだけハイレベルとなると、勉強はお好きだったんですか?

いや、特には(笑)
むしろ、「やらなきゃいけないもの」と強く思っていたんです。

——どうしてですか?

当時は父親のことがすごく怖かったんですよ。「父親に何か言われないように、優等生として生きなければいけない」という意識があって…。まぁもともと根が真面目ってことなんでしょうかね(笑)

——一種の脅迫観念というか、プレッシャーみたいなものでしょうか。

ですね。だから、そのために、どうやったらこの枠組みの中で上位の方に行けるだろうと考えて、試行錯誤しながら頑張った末に、6年後の卒業間際には学年で20位に入れるくらいになりました。

——それはすごいですね!
とはいえ、そこから受験、つまり将来と向き合わなくてはならない時がくるわけですよね?

そうなんです。それまでは絵を描きつつ、親の希望にも沿えるラインということで、建築やデザイン工学を志望していたんですが…… 実際にオープンキャンパスで設計図とかを見ていたら「俺の描きたい絵はこれじゃねぇ!」と(笑)
その時に、ふと立ち止まって考えてみたんです。自分の今後の人生、本当にやりたいことを秘めたまま生きていって、後悔しないだろうかと。前向きに何十年も仕事が出来るのかとか。

 

優等生の脱却、父という壁との対決

そこで、勇気を振り絞って、父に美大に行きたいと相談しに行ったんです。自分の絵を持って。

——はい、ついに向き合うときが来た訳ですね!

でも、もう話す前から涙が止まらなくて・・・。

——え、ええー!?(笑) なんでですか!?

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もう単純に怖かったからですね。なにせ初めての反抗でしたから・・・。
すくんだ足でやっと口を開いたら、声と一緒に涙と鼻水まで駄々漏れました。

——ありがとうございます!もう大丈夫です、緊張感すごく伝わりました!(笑)
当時の金子さんにとって、お父様はそれほどまでに巨大な存在だったんですね。

そうだったんです。
それでも、自分はこういうのをやりたいんだ!って話して。

——結果は・・・どうだったんですか?

やはり厳しいことを言われました・・・。
「将来就職はどうするつもりだ」とか、「そんな厳しい世界で生きていけると思っているのか」とか、「大学卒業して親に面倒を見てもらうのはおかしいぞ」とか。

——ですよね~…。

夢追いフリーターにはならない、当てもなくフラフラせず、きちんと会社に就職する、大学に入って精一杯努力をする!って話したんですよ。
でも、やっぱり、完全に納得はして貰えなかった。

——苦しいところですね…。

母親は今まであんなに勉強してきたのに、「どうしていきなり……」って泣き出すし、父親は依然厳しく追及してくるし。

——ひ、ひえぇぇぇぇ……! ド修羅場じゃないですか!

で…追い詰められた結果、「俺は親父みたいにはなりたくないんだ!」と最低の言葉を口走ってしまって…。

——あぁぁぁ…。

言ってしまってから、ものすごく後悔して罪悪感で心が落ち着きませんでした…。なんて自分は最低なんだって。
でも、やっぱり人生で一番時間をかけるものは仕事だから、自分の中で一番努力し続けられるものを仕事にしたいと主張し続けました。

——そこはとても、大事なところですものね。

その甲斐あってか、美大の受験を許して貰えたんです。一般の大学も受かるように、受験勉強は続けるという条件つきでしたが。

——勝ち取ったんですね!

そして、東京工芸大学のアニメーション学科に受かりましたが、結局、一般の大学は全て落ちてしまって…。

——笑ってしまい申し訳ないのですが、結果オーライといいますか(笑)

まぁ、全部が良いわけでもなかったんですよ!
ウチの学校では、受験が終わると、大学名と合格者名が貼り出されるんです。
しっかり、全校生徒にむけて張り出されてましたよ、「アニメーション学科 金子祥之」って(笑)

——うわぁーーー!!!
せっかく隠してきたのに(笑)

 

オリジナル作品は最強の名刺になる!

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——大学に入ってからはどうされてたんですか?

自分のオリジナル作品を作っていきました。やっぱり、就職の際にアピールする材料にもなるので。

——よく分からないのですが、オリジナル作品を制作することによる強みって何かあるんですか?

いやいや、めちゃくちゃありますよ! オリジナルを作れるというのは、最初から最後まで、「作り切れる人」という証明なんです。

——例えばですが…キャラクターづくり、ストーリーづくり、作画……そういうものを全部やれるってことですか?

そうです! オリジナル作品を完成させられるということは、「有限の時間や条件の中で目的を達成させられる」という仕事において最も大事な能力を持っていることの何よりもの証明になるんです。
例えば、僕が一人で制作した卒業制作は約9分。総作画枚数3500枚くらいになりました。

——さんぜんご・・・うえぇぇ!すごい!

(今回は特別に映像を後から頂きました!ダイナミックに動き、視点がゴリゴリ切り替わるアクションシーン、そして考えさせられるラストは圧巻の一言。これを学生のときに、しかも一人で制作されたというのですから、驚愕です……!)

 

1000万円のクラウドファンディングを支えたのは、父!?

——金子さんはオリジナルアニメの制作を目標にクラウドファンディングをされていますよね? それはどういった経緯だったんですか?

もともと、業界に入ったのもオリジナル作品の原作・監督をやりたいからで、ウチの会社(ワオワールド)に入ったのも、オリジナルを作っていた会社だったからなんですよね。
制作進行として入社して、演出助手になるのには1年半くらいでしたが、制作デスクも兼任することにもなり、なかなかオリジナル企画を動かすきっかけは作れなかったんです。

——会社という組織の中だと、そんなにすぐ自分のやりたいことは実現できないものですよね。

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はい。でも、そこで、社内の若手有志に声をかけて「プロのサークル活動」的な形で集い、オリジナルアニメのプロジェクトを立ち上げたんです。周りも、「アイツは学生時代オリジナルを完成させてるし、仕事でも信頼できるから一緒にやってみよう」と言ってくれて。

——すごい行動力!「ないなら作ればいいじゃない」的発想ですね。そこでも、オリジナルが後押ししてくれたんですね。

ええ。それで出来たのが、『昼夜伝』プロジェクトだったんです。


これは企画の最初に私が一人で作った「原案ムービー」で、色々な人を説得して協力をお願いするために作りました。当時、絵の方は、通常業務をしつつ、2ヵ月ほどで作成したので、かなり粗削りですが、多くの人に熱を届ける役割としては十分だったかなと。

——確かに、これ見てるだけで熱量が伝わってきます!

最終的には、スタッフの皆とブラッシュアップを重ねて、イチからキャラクターやアニメーションを作り直し、公式サイトを立ち上げました。
そして、様々な宣伝の協力などを「原案ムービー」と「自分の身一つ」でお願いして回り、多くの仲間たちの協力を経て、企画から苦節2年。クラウドファンディングがようやくスタートしたんです。


(こちらが昼夜伝のテーマソングトレイラー。音楽に合わせて金子さんならではとも言えるビビッドな色づかいのアニメーションが躍動しています。カッコいい!!)

——そういう熱いお話、大好きです! ちなみに、これだけ熱量のあるアニメーション企画、支援はどんどん集まってきたんじゃないですか?

いや、それがそういうわけでもなくて…。

——そうだったんですか?

むしろ最初は集まらず……。スタートダッシュは全くうまくいきませんでした。

——え…? じゃあ、どういう風に資金を集めたのですか?

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……父です。

——え?

父が色々なところに働きかけてくれたんですよ。

——え、えぇぇぇぇぇ!!!
何ですかその胸熱展開、戦隊モノですか!(笑)
「親父みたいになりたくない!」とか言ったのに!

本当にそうですね(笑)
上手くいかないときに頼ったのは結局父だったんです。まぁ、よかったら支援してくれと連絡しただけだったのですが、叱られました(笑)

——どういう風にですか?

もっと力強く、もっと周りの人に頭を下げて、もっとお前の本気度を叫んで回れ、と。

——営業マンのお父様ならではのアドバイスですね!

しかも父は自らの言葉の通り、友人知人、親戚は勿論、会社や取引先に「親バカからのお願いです。息子が高校時代の夢を叶えるため勝負に出ています。どうか協力をしてください」って。

——……ヤバイ。なんか泣けてきました(笑)

それからは自分でも必死に協力を呼び掛け続け、額も増えていきました。

——かつて目の前にそびえていた大きな壁が、今では背中を押してくれる存在になったんですね……。

昔から父には学んでばかりです。めちゃくちゃ尊敬しています(笑)

 

分業されたアニメ制作の現場で感じる“一体感”はエイエイオー!ではない

——では、現場のモチベーション的にはどうだったんでしょう。「やるぞー!」っていう感じだったんですか?

うーん、先ほど、「熱量に溢れてる」って言っていただいたんですが、ちょっと盛り上がり方が違うんですよ。
分かりやすい形で声をかけあって一丸となって熱が上がれば、作品のクオリティまで上がるっていうものでもない。そういう現場もあるとは思いますが。

——え、そうなんですか?

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ええ。そもそも、商業アニメというのは、完全に分業の世界なんですよ。

例えば、絵を描くということだけでもすごく工程と役割が分かれています。原画を作成するにあたっては「原画マン」と呼ばれる人がいたり、それをチェックする「演出家」や「作画監督」がいたり。その先に、さらにその原画を動かす「動画」という方々や、その動画をチェックする「動画検査」という方がいて・・・。
と、まぁ「絵を描く」という流れの間だけでも、これくらいの役割があるんです。

——は、はあぁ…なんだか圧倒されてしまいました。

でも、それぞれみんな自分の役割の中で、やりたいことがある。実現したいものがある。
そういう色んな人の想いと努力がより集まると、自然とひとつの作品になるんです。
だから、必ずしも「エイエイオー!」と一丸になる必要はない。むしろ色々な角度から個々に求められているモノを感じとって「自分はこれが面白いと思うんだ!」っていう熱量が入るからこそ、奥行のある作品が出来るんです。

——あぁぁ…なるほど~。
そして、それを本当にバラバラになって空中分解しないようにまとめるのが、金子さんのような演出家の役割なんですね。

はい、その通りです。

 

1000万集まった先は……挫折。そして消失

——しかし、惜しくも、クラウドファンディング自体は目標に到達できなかったとお聞きしました。

ええ…。1000万ほどは集まりましたが、目標は1200万だったので。
熱量の話はしましたが、最後の数日で目標額の35%だった数値が85%まで一気に伸びたんです。だから、現場だけでなく、ネット上でも分かるくらいの熱量だった。
やっぱり数字も出ていたから、「お、イケるかも!最後の最後で奇跡起こるんじゃないの!?」って。
この時スタッフたちも、プロジェクトの成功を一心に願っていることが強く感じられて、とても心強く、嬉しかったですね。

——そうなんですね…。それでも、残念ながら…。

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…はい。
僕は金額が届かなかったその日の夜、上司の机に「しばらくお休みする」と書いたメモを置いて姿を消しました。

——え!?

最後の瞬間まで仲間たちと走り切ったけど、届かなかった……もうなんか無気力になっちゃいまして。人前から消えたくなったんです。

——相当なショックだったんですね…。
そこからどうやって立ち直られたんですか…?

転機は、『ベイマックス』でした。

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amazonから / ©ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社)
——『ベイマックス』ですか。それはどうしてですか?

この作品に、何度失敗しても挫けず諦めずモノづくりに挑む発明家のお兄さんが出てくるんです。最初は笑顔で前向きに頑張るんですが、度重なる失敗に精も根も尽き果てて、ついに気力も失いかけたその時、彼はようやく完成させることができるんです。そんな彼に自分を重ねて、凄く励まされまして……。
それで「アニメーションって良いなぁ」って改めて思えたんです。休みを決めた次の日には前向きな気持ちになれました。

——リカバリー早いですね!(笑)
それにしても挫折の末の原点回帰! 強く拒絶されても、好きだからこそ立ち直れる強さを感じます。

ありがとうござます。そして、もう一つ元気づけられたことがあって。クラウドファンディングをやっていた時、最も投資してくれた人がいたんです。

——ちなみに、最も、というと?

54万ぐらいですかね。しかもアメリカのロサンゼルスから。

——54万!? ロ、ロサンゼルス!?

しかもその人の名前が、あるところに出ているんですよ…。

——え、どこにですか……?

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 『ベイマックス』のスタッフロールに、です。

——え!?

しかも、アートディレクターという非常に重要な役職でした。

——えええええ!?
なんですか、またしてもその胸熱展開!

そのことはクラウドファンディング中にすでに知っていたので、「まさか…」とは思いつつ、自分の作品にこんなに応援してくれた人はいったいどんな人なのか、アメリカまで会いに行きました。

——すごい行動力…。
なんかこっちまで緊張してきました……。

僕も凄く緊張しましたよ!
しかも、彼は今、誰もが知る、ある映画会社にいるっていうんです。

——え、ええー!? そ、そんなのもう…。
で、で、どうだったんですか?

それはですね…。

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——(ドキドキ……)

それはそれはですね……。

——(ドキドキ……ドキドキ……)

ま、同姓同名の違う方でした(笑)

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——ちがうんかーい!(笑)

ははは(笑)
一応、彼も同じような業界ではありましたが、アニメ好きの会計士の方だったんですよね。

——なんだ~…残念……。

でも、彼がそれだけの想いを持って大きな支援をしてくれたことには変わりはありません。
実際、会って話をする中でも、とても励まされたんです。国が違っても、言葉が違っても、彼は僕たちの作品に価値を見出してお金を出し、応援してくれた。
それで、すごく勇気を貰えました。仕事にも復帰できましたし、今でも連絡を取っています。

——ううむ…良い話ですね…。

 

オリジナルアニメ制作を諦めない想いの原点は、「誰かの人生の一部になる瞬間」がうれしいから!

——残念ながら目標金額に達しなかったオリジナルアニメ制作ですが、それからはどうされているんですか?

『昼夜伝』プロジェクトは確かに現時点では難しかったかもしれません。
それでも、このプロジェクトをやったことでアニメの演出家としてのキャリアを踏み出せた。

——新しい「名刺」が出来たんですものね。

そうです。それで、今はウチの会社(ワオワールド)だけでなくオリジナル制作を得意としているスタジオさんとか、著名なスタッフさんと仕事をさせて頂く事も出来て演出家としての実力を高めながら、新たなチャンスの基盤づくりをしています。
全然諦めてなんかいないし、くすぶってもいないですよ!

——なんだかこちらも勇気が出てきました(笑) 不屈の精神すばらしいです!
最後になりますが、アニメをお仕事にされてから、一番嬉しかった瞬間を教えていただけますか?

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「誰かの一部になれた」瞬間ですね!
例えば、『ドラえもん』の演出をさせていただいたとき、「親戚の子どもと一緒に見てたよ!」と言って貰えたんです。それを聞いたとき、自分やスタッフが試行錯誤して作ったものが、誰かの人生の一部になった気がして、とても嬉しかったんです。

——それは間違いなく嬉しいですね…!

もっと身近な例で言えば、twitterエゴサーチして、意図したところで笑ってくれているのとか、考えてなかった批判が来た時だって嬉しいですよ。誰かに少なからず影響を与えている。それを味わい共有するために、僕はアニメを作っているんじゃないかなと思います(笑)

——批判だって、自分の思いもしなかった色んな人に届いてるってことですもんね!
いやはや、金子さん、本日は お付き合い いただき、どうもありがとうございました!

ありがとうございました!

 


金子さんは一見クールだが、芯のある熱い人だった。
背景として流されがちなスタッフロール。
でも、そのひとりひとりの名前の先には、ドラマがある。人生がある。

スタッフの想いと努力が、寄り集まって出来上がる作品たち。
その先に、僕らが心動かされる瞬間がある。

アニメーション制作・・・改めて、すごい世界だと実感させられた。
今夜も流れるそのアニメの裏には、どんな人生があるのだろうか。

 

文・構成:
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