DON'CRY(ドンクライ)

アニメやマンガ、ゲームに小説、音楽など、「作品」によって孤独から救われて生きている人のためのメディア

自分の存在を迷惑と思ってしまう人こそ救われる。『心が叫びたがってるんだ。』

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(出典:amazon / ©アニプレックス

先日、岡田麿里さんが初監督を務めるアニメーション映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』が発表されました。

それに際して、岡田麿里さんを心から敬愛するDON’CRYでは、「シリーズ、岡田麿里作品」と称し、何人かの書き手による作品紹介を連載していきます。

第一弾は、昨日から実写映画が公開され、来週にはテレビ初放送も決定している「心が叫びたがってるんだ。」の紹介記事をお届けします。


 

貴方には、無視されたり、「いらない」、「消えろ」と言われたりした経験はありますか?

僕には沢山あります。
そして、もし貴方にもあるとしたら、そんな貴方にこそ響くかもしれない作品を紹介します。

それが、『心が叫びたがってるんだ。』です。

 

「災厄で最悪」な自分を救ってくれる

自分の存在が「災厄」だと思ったことはありますか?

自分のせいで人が不幸になったり、自分のせいで煩わしく感じさせたり、苛立たせたり。

そんな風に人を思わせる自分ば災厄゛で゙最悪゛だと思うことはありますか?

そうだとしても大丈夫
そう思って生きている人は沢山います。
僕も毎日のようにそう思っています。

僕が部下じゃなかったら。
僕がこの家にいなかったら。
僕が僕という人間じゃなかったら…。

だから、そうならないために日々努力をするんだけど、報われないことの方が多々ある。

何かを伝えようと頑張ったら誤解されたり、結果を出そうとしたら失敗したり…。
その瞬間は中々に辛く、苦しい

でも、そんな時このアニメを観れば「その努力を見ていてくれる人が、この世界にはきっと存在する」ということを感じさせてくれて、嬉しくなるんです。

 

「がんばっている」をまず認めてくれる優しさに溢れている

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(出典:amazon / ©小学館

画像にいる主人公の女子高生、成瀬順(なるせじゅん)は、最初クラスメイトに認めらていない存在です。所謂クラスの下層か、どこにも属せていない存在。

その頃の彼女は、なるべく人と関わろうとしないし、喋りもしない。何かをがんばっている訳でもありません。

それは彼女が過去に、自分の言葉が原因で、両親を離婚させてしまったと思っているからです。
だから彼女は、自分が他人と関わったり、何かを頑張ることで「他人に迷惑をかける」と思っています。

でも、劇中で彼女は、クラスメイトとミュージカルをすることになる。

作曲が出来る、坂上拓実(さかがみたくみ)
優等生の、仁藤菜月(にとうなつき)
野球部の元エース、田崎大樹(たざきだいき)

彼らと触れ合ううちに、段々と彼女は自分の声や意見を、体を張って出していくようになる。

それから、少しずつメインキャラクターたちや、クラスの全ての階層の人たちが彼女を認めていく。

しかし、そこにあるのは、彼女の才能ではありません。

多くの級友が彼女を認めた理由は、ただ”がんばっている”からです。

何かを伝えようと必死になってる成瀬順を「もっと他の皆に見てもらいたい」という想いが、周りの人達から少しずつ溢れてくる。
そんな素敵な「優しさ」が、この作品のベースになっていきます。

そう、この作品の根底には、本人が知らない魅力や努力というものを、他人は意外と肯定するということを描いてる気がしてならないのです。

自分の知らない魅力や努力
そして、もちろん欠点

でも、これって苦しいけれど、他人と関わらなければ分からないんですよね。

そして、その苦しみと引き換えに、魅力や努力、そして欠点を知ることが、まさしく”世界が広がる゛っていうことなんじゃないか?

誰かが自分を見てくれて、欠点もあるけど好きだと言葉にしてくれて、罪悪感から幾分か解放されて、世界に居場所を見つけて。少しは自分が好きになって。

私は生きていていいんだ、と思える。
そうやって人は初めて救われるのだと思います。

心が叫びたがってるんだ。」は、「災厄」である自分を、誰かが救い出してくれるかもしれないと、そんな希望を持たせてくれる。それがこの映画のまず素晴らしいところです。

 

救われる為に僕らは「言葉」を使う

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(出典:amazon / ©アニプレックス

災厄から救われる優しさに気づく為の手段は、どうしたって「言葉」なんです。どうしたって。

なぜかと言えば、人と関わる為には言葉が必要だからです。だから、この映画は、この「言葉」にも焦点を当てています。

突然ですが、よく知られる「ジョハリの窓」によれば、1人の人間には、4種類の自己があると言われています。

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(出典:http://www.spalette.net

でもそれは、誰か他人とのコミュニケーション、つまり「言葉のやりとり」の中でのみ発見することができる。

人とぶつかり合う中で、「ジョハリの窓」が全てが開き、本当の自分に出会えるのです。

その窓の向こうには大嫌いでしかなかった自分だけでなく、好きかもしれない自分がいて、自己肯定ができるようになるかもしれない。

ただし、言葉にすること、伝えることで人を傷つけることだって多々あります。自分も他人も知らない自分が、猛獣のように飛び出すこともあるからです。

そう、言葉は時に誰かを傷つけるのです。
そして、どんなに”心が叫びたがっていても”、人を傷つけて良い理由にはならない
言葉の悪い面も、この作品では描くのです。

例えば、劇中で、「消えろとか簡単に言うなよ!」と主人公の成瀬順が激昂するシーンがあります。
これはまさしく映題を回収した「心が叫びたがっている」シーンでしょう。

なのに、誰も幸せそうに描かれません。

同じように、肩を故障した野球部の「元」エースで、ガタイが良く、目つきが鋭い田崎君が、野球部員に陰口を言われたり、通りすがりの女性に「あれは無理w」と言われたりしているシーンでも、誰も幸せそうではないように描いてました。

成瀬順も、野球部の後輩も、本心を言ったのに誰も幸せにはなっていない。

そう、「言いたいことを言う」は、誰かを傷つける為に使ってはいけないという戒めも描いているんです。

「言いたいことを言う」がまかり通って「キモい」だの「ウザい」だのなんだのが流行り、多くの人が死地や絶望に追いやられました。きっと、これは「言いたいことを言った」結果なのでしょう。

でも、それでは誰も幸せになってないんですよ。
言われた方も言わずもがな、言った方も「言う必要のないこと」を言っただけであって、誰も幸せになってないんです。

人を傷つける為に、人に何かを伝えて良いわけがないのです。
叫びだしたい心を解き放つ、がこの映画のテーマではないのです。

死ね」と軽々しく言ってしまう人たちに、どこか幻滅するのはこの部分なのかもしれません。

僕らは誰かを傷つけるためにコミュニケーションをするのではない。
僕らは誰かを傷つけるために表現をするのではない。
僕らは誰かを傷つけるために言葉を持ったのではない。

分かり合うために言葉を持ち、表現をして、コミュニケーションを図るのだ。

そんなメッセージも、この映画からは感じられます。

言葉の怖い面、幸せな面、そしてその使い方も、この映画は教えてくれるんです。

 

不器用なら、音楽の力を借りよう

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(出典:amazon / ©アニプレックス

なのに、世界は言葉にするのを躊躇ったり、煩わしく思ったり、恥ずかしかったりする。

でも、そういう人々はあくまで「不器用」なだけで、それも一種の個性であり、決して糾弾されるべきものではありません。

この映画では、そんな不器用の代表格のような主人公、成瀬順が「音楽の力」を借りることで、人に何かを伝え続けようとする姿が描かれます。

そう、「不器用なら、音楽の力があるよ」ということもまた、この映画のテーマなのだと思います。

不器用な人間が、言葉以外で伝える為に努力し続ける。その手段の一つが、この作品では音楽として描かれました。

なぜ音楽が、言葉以上の価値を持つのかは語りきれるものではないですよね。

それでも、同じ言葉でも、音楽に乗せた方が感情に深く届くことがあるのは言うまでもありません。

そして、不器用な主人公、成瀬順にとってのコミュニケーションの手段が音楽であり、音楽にはそれだけの力がある。

それは、「アニメ」というコミュニケーション手段を通じ、不器用かもしれない岡田麿里さんや、監督の長井龍雪さん、そして他の多くスタッフから、僕に伝わりました。

芸術とは、言葉にできないものを、別の形を取って、言葉以上に伝えるものなのかもしれません。

 

まとめ:誰かが100%悪い訳じゃないこの世界で

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(出典:amazon / ©小学館

世の中、100%の悪意で誰かがアクションを起こしていることなんて滅多にありません。

それでも、壁にはどんどんぶつかる。

メインキャラクターの成瀬順は、仁籐菜月は、坂上拓実は、田崎大樹は、皆自身の不甲斐なさに涙します。

でも、劇中で、彼らは誰かが100%悪いのではないことを知っていく。その中で、自分に出来ること、言葉に出来ること、音楽に出来ることを精一杯やっていく。

その寛容さと、精神的に進む向上心を持ち、心が叫びたがる中で伝えていけることを伝え、ジョハリの窓を全て開き、他者と分かり合おうとする。

そして、共に進み、災厄から救われていく。その先には一体何が見えるのでしょうか?

きっと、世界が美しく見える。
この世界を抱きしめたくなる。
「愛してる」と、誰かに伝えたくなる。

そういう世界があることを、この映画は教えてくれる。間違いない名作です。この機会に、ぜひ見てみてください。

書いた人:優

 

「シリーズ岡田麿里」第2弾はこちらからどうぞ。

www.doncry.net